木の飾り

兜の騎士を幸せにしたい

たとえば、何もわからない宇宙人に「勘違い」を説明するなら、どんなふうに言う?「クリエイター」の雰囲気とか、ううん、まず地球や日本についての説明からするかもね。

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陽気に話す兄さんと草原

太宰の斜陽は、休憩なしで読み進められると思う。
戦時中は良い所の御嬢さんだったかず子が、強くて引かない女になっていく。
そこそこカッコイイと思わずにいられなかった私。
かず子のように、誰にも恐れない気の強さと、強引なくらいの自我が戦後は必要だったのかもしれない。
分かるけれど、不倫相手の小説家の家内からするとウザいだろうと思う。

どしゃ降りの週末の夕方にシャワーを
知佳子はAさんの事が大好きだと感じられる。
Aさんも知佳子の事を可愛がっている。
彼が出張が決まれば、知佳子も絶対行くし、この前は私も一泊だけ同行させてもらった。
2人は私の事を同じニックネームで呼びかけるし、どの店で飲んで、どの交通手段を使おうか、とか、まず私に問いかけてくれる。
どうしたものか気にかけてくれている気がしてきて、凄く居心地が良いと思った。

怒って体操する妹とあられ雲

「富士には月見草がよく似合う」と、名セリフを書いたのは作家の太宰だ。
太宰治は、バスに乗車し、御坂峠を越え、現在の甲府まで行く途中だった。
そこで偶然にも一緒に乗ったおばあちゃんが「月見草」と独り言を言う。
その声に、反応した太宰治の視界に入ったのが月見草、同時に富士の大きな裾野である。
富岳百景に記されたのこの話は、名峰富士を理解するときに欠かしてはいけない。
たくさんの芸術に出てくる、3776mの名山だ。
どの角度から見ても同じく、綺麗な形をしているために、八面玲瓏という言葉が似合っていると口にされる。
そうかもしれない。
私が感動したのは、夕焼けの富士山だ。

風の強い休日の午後は料理を
スタートさせたら、仕上がるまでに時間がかかるものは、身の回りにたくさん存在する。
適切なのが、外国語だろう。
実は、韓国語だけは例外的で、私たちが話す日本語と同じく、SVOで、なんと発音がそっくりなので、習得しやすいそうだ。
しっかり韓国語を学んでいた友人によると、英語よりは割と学びやすいのでお勧めだよとのこと。
ほんの少しテキスト買ってみようかな・・・と思ったけれど、あのハングルはお絵かきにしか見れない。

陽の見えない休日の日没に散歩を

ネットニュースを毎日見るけれど、新聞を見ることもけっこう好きだった。
今は、0円で閲覧できるネットニュースが多くあるから、新聞はお金がかかりもったいなくて購入しなくなった。
ただ、小さなころから読んでいたからか、新聞のほうが少しの時間でたくさんの情報を手に入れることができていたけれど、ネットのほうが関連したニュースをおっていくことが出来るので、濃い内容まで調べやすいことはある。
一般的な情報から関わりのある深いところまで調べやすいけれど、受けなさそうな内容も新聞はちょっとした場所に小さくてものせているから目に入るけれど、インターネットだと自分でそこまでいかなければ目につかない。
最近では、アメリカ合衆国のデフォルトになるかもという話が目につく。
債務不履行状態になるわけないと思っていても、仮にデフォルトになったら、日本ももちろん影響を受けるし、そうなれば、自分の収入にも関係してくるだろうから気になってしまう。

風の無い休日の夕方に立ちっぱなしで
お盆やすみだとしても実家から離れて暮らしているとたいして気づくことがないが、不十分ながら、供え物くらいはと考え故郷へ買って送った。
実家に居たら、線香を手に持って祖先の受け入れに向かって、盆のラストに送り届けに行くのだが、離れているので、そのように遂行することもない。
ご近所の方は、線香を持ち墓前に行っている。
そういった様子が見える。
いつもよりお墓の近くには多数の乗用車が路駐されていて、お参りの人も非常にたくさん視野にはいってくる。

ノリノリで叫ぶあなたと草原

「間違いなくこうで当たり前だ!」と、自分の価値観のみで周りを判断するのは悪くはない。
とは言っても、世の中には、自我と言われるものが人の周辺に漂っている。
それを頭に置いておけば自信を手に入れるのは悪くないけれど、強く反論するのはどうかな?と思う。
まあ、これも個人の考えでしかないけれど。
生きにくい世の中になるかもしれない。

ゆったりと自転車をこぐ友人と冷めた夕飯
本日の体育の授業はポートボールだった。
少年は、ボールを使ったスポーツが苦手なので、不満げに運動着に着替えていた。
おそらく今日は、運動神経抜群のケンイチ君が活躍するはずだ。
今日はおそらく、運動神経抜群のケンイチ君ばかり活躍するはずだ。
だとしたら、少年の愛しいフーコちゃんは、ケンイチ君がヒーローになるところを見るなるのだろう。
少年はフーコちゃんをチラチラ見ながら、体育の場へと出かけていった。
だけどフーコちゃんは、ケンイチ君ではなく、少年のほうを何度も見てたのを、少年は気がつかなかった。

汗をたらして口笛を吹くあの人と紅葉の山

買った縫物用の布で、園に入園するひとり娘の袋を作らなくてはならない。
というか妻が縫うとはいえ、俺も絶対やだというわけではないので、時間がかかるようだったらいっしょにしようと考えている。
園で使うものを入れる何かが園に通い始めるために必須のようだ。
ミシンもやっと到着した。
使用感もみてみようと思っている。

雨が降る火曜の晩は座ったままで
北方さんの水滸伝の血が通っていて凛々しい登場人物が、オリジナルの108星になぞらえて、目立ったキャラクターが108人でてくるが、敵方、政府側の作中人物も人間くさいのがいて、血が通っていると感じる。
登場人物に人間くさい弱さがうかんでくるのもやはり、没頭し読んでいた理由だ。
心が弱いなりに自分の夢とか将来の為に出来る限り一生懸命なのが読み進めていて夢中になる。
読んでいておもしろい。
でありながら、心ひかれる登場人物が悲しい目にあったり、希望がやぶれていく様子も胸にひびくものがあるから熱中する物語だ。

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